外傷性横隔膜ヘルニア

横隔膜ヘルニアとは

胸腔と腹腔の間にある横隔膜に穴が開き、腹腔内の臓器(腸や肝臓など)が胸腔に入り込む病気です。

横隔膜ヘルニアで肺に腸が入り込む図解

外傷性の他、先天性(生まれつき)奇形の場合もあります。

交通事故などによる大きな衝撃は、皮膚表面よりも体の中に力が加わりやすく、見た目に問題なくても体の中では大きな異常が起きていることがあります(臓器破裂など)。

腹腔内臓器が胸の中に入り込むため、肺が膨らまず、激しい呼吸困難を起こします。

症状

上述のように、胸腔に入り込んだ腹腔内臓器により肺が圧排され膨らまず、激しい呼吸困難を引き起こします。

酷い場合にはチアノーゼ(舌色が紫色になること)症状を呈することもあります。

また、腸が圧迫されることで通過障害を起こし吐き気が出たり、食欲がなくなったりと症状は様々です。

診断

レントゲン検査で診断が可能です。

初診時と手術後の胸腹部レントゲン比較画像

左が今回の症例の初診時のレントゲン、右が手術後のレントゲンです。

術後のレントゲンでは肋骨に囲まれた黒い部分(肺)がしっかりと確認できますが、左のレントゲンは肺の部分にモヤモヤした影が見えるかと思います。

これが胸に入り込んだ腸です。肺の大部分が圧迫されていることが術前から予想されました。

治療

治療は基本的に外科手術となりますが、手術のタイミングに関しては議論の分かれるところです。

早期に手術をした方が良いという報告と、状態安定化のために数日~1週間程度内科的な治療をしてから手術をした方が良いという報告に分かれています。

最終的には各症例の状態を見ながらの判断となりますが、全身状態の悪い動物がほとんどのため、どちらにせよICU(集中管理室)での酸素化および点滴によりまずは内科的な管理を行い、時期をみて手術となります。

ここから先は手術写真があります。

苦手な方はご注意ください

手術写真です。

手術で横隔膜ヘルニアの穴を確認している様子

上下の指の間が横隔膜に開いた穴です。かなり大きい穴が開いていました。すぐ奥には心臓や肺が見えています。

胸腔内には肝臓、小腸、脾臓が入り込んでいたため丁寧に腹腔内に還納しました。

胸腔内で臓器が癒着していると、臓器を引っ張ることが困難なこともありますが、本症例では幸いにも癒着はなく、スムーズに引っ張り出すことができました。

横隔膜に開いた穴が非常に大きく、このまま裂けた横隔膜を縫合することは困難と判断し、頑丈な人工メッシュを横隔膜に縫い付け、穴を封鎖しました。

手術で横隔膜に人工メッシュを縫い付けている様子

白い網目上のシートが人工メッシュです。

最後に胸腔ドレーン(メッシュの左から出ている透明な管)を留置して、閉創し手術は終了となります。

合併症

術後の合併症として最も注意すべきとされるのが、再拡張性肺水腫と呼ばれる病気です。

今まで腹腔内臓器に圧迫されていた肺が急に膨らむと、その圧力で血管から水分が引っ張られ、肺の中に漏れてしまう病態です。

手術をした全員に起きるわけではありませんが、肺が圧迫されていた時間が長いほど肺水腫は起きやすいと考えられています。

なるべく再拡張性肺水腫を起こさないために、麻酔中に人工呼吸器を使ってゆっくり肺を拡張させるのですが、どれだけ注意しても一定数の症例でこの病態に陥ります。

その他の合併症として、気胸や胸水、腸閉塞、胃食道逆流、横隔膜ヘルニアの再発などが挙げられますが、時間の経過とともに改善していくものもあれば、再び手術が必要なパターン(腸閉塞や横隔膜ヘルニアの再発など)もあります。

まとめ

外傷性横隔膜ヘルニアは外飼いの猫ちゃんや脱走してしまった動物が交通事故にあって罹患することがほとんどです。

猫ちゃんはなるべく室内飼いにし、わんちゃんも猫ちゃんも間違っても脱走しないような環境づくりをすることが唯一の予防法とも言えます。

脱走後に愛猫・愛犬の呼吸がおかしい場合は横隔膜ヘルニアの可能性もありますので、ただちに病院を受診することをおすすめします。